赤ちゃん革命★形而上の破壊神

天上天下唯我独尊、俺の名前は「赤ちゃん」だ!

2017-05
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わたしはあなたを殺したい

kill わたしはあなたを殺したい。

 あなたがどこのどいつであるかなど
 知ったことではない。
 わたしがどこのどいつであるかなど
 あなたの知ったことではないように。
 
 あなたはケネディ大統領かもしれないし、
 わたしの大嫌いなジョン・レノンかもしれない。
 糞ったれの金貸しババアかもしれないし、
 クック・ロビンかもしれない。
 しみったれたネコかもしれないし、
 ふるいつきたくなる美人かもしれない。
 あるいはまた、
 遥か未来に全人類を救いにいらっしゃるという
 お目出度い弥勒菩薩かもしれないが、
 そんなことわたしにはどうだっていい。

 暗闇のなかで前にいる
 間抜けなあなたの頭に銃口を押し付けて、
 わたしが言ってやる台詞は同じだ。

 〈おまえを殺してやる〉

 わたしはオズワルドかもしれないし、チャールズ・マンソンかもしれない。
 斧を持ったラスコーリニコフかもしれないし、麻原彰晃かもしれない。
 原子爆弾かもしれないし、ムルソーかもしれない。
 ヒトラーかもしれないし、スターリンかもしれない。

 誰が誰を殺したか、殺すのかなんてどうだっていい。
 そんな点と点を線で結ぶ安っぽい犯人当てクイズなんかは
 ホームズとかポアロとか明智とか警視庁とかFBIとかいう
 下らぬヘボ探偵どもが頭を絞って究明すればいいことだ。
 ハハ、〈事件の真相〉? 
 結構なことだ。そんなことを知ってどうするというのだ。
 
 これからおまえの頭を粉々に吹き飛ばしてやる。
 覚悟しろ。おまえを地獄に落としてやる。
 今からあの世の悪魔にかきくどくための泣き言を十秒以内に考えろ。
 祈るひまなど与えないし、祈っても無駄だ。

 おまえは神も天使も仏も見ない。
 おまえが会うのは冷たい死とひどい痛みとみにくい死体と恐ろしい悪魔だけだ。
 これからおまえはジャンクになるのだ。

 とにかくわたしはこの考察を始める前に、
 あなたに一言どうしても言ってやりたいことがあるだけだ。

 「あなたを殺してやる。」
 今、これを読んでいるあなたを殺してやる。

   *  *  *

 三つの不条理な銃弾が撃ちこまれる。
 人影が崩れ、大地の上で動かなくなる。
 殺人者は不可思議な法悦に囚われ、暫し茫然として、その場に呪縛されたように動けなくなる。
 彼の右手からたった今滑り出していった〈死〉は、その瞬間永遠に見失われてしまった。
 そのきらめく弾道の軌跡を彼の目は決して、追い越すことができなかった。
 弾丸のきらめきは不可視へと消えうせ、跡形もなく消滅してしまっている。

 そのきらめきを殺人者は見たかったのに。
 そのきらめきに殺人者はなりたかったのに。

 きらめきは失われ、あなたはわたしを置き去りにした。
 限りなく美しいわたしのシルバービュレットはわたしから飛び出して、そしてどこに消えうせたのか。

 殺人者は〈死〉を見失う。
 しかし、〈殺意〉が消えうせた訳ではない。
 〈殺意〉というものの不鮮明なぶきみさが、滅ぼし得ぬ呪いのように、殺人者へと重苦しくのしかかってくるのは寧ろそのときなのだ。

 周囲にたちこめる硝煙のにおいとなって
 得体の知れない〈殺意〉が殺人者をその漂うけむりの靄で呪縛する。
 〈人殺し〉という呪われた名を彼に纏わせるのはそのつかみどころのない煙の衣である。

 しかし、〈人殺し〉とは誰のことなのか、
 殺人者にはその瞬間、もう分からなくなりかけている。
 すべてが煙のように模糊としてつかみどころのない謎に変わる。
 彼は自分自身が引き起こしてしまった筈の〈殺人事件〉を失い、それを了解することができない。
 もはや二度と決してその場処の中心に彼は舞い戻ることができない。
 彼は自分で自分を捕まえることができないのだ。
 誰か他の人が彼を逮捕して手錠をかけ、おまえが〈人殺し〉だと告げてくれるまでは、
 彼はそのときの自分自身と再び結び付くことができないのだ。
 殺人者になることはできないのだ。

 殺人者が恐れるのは〈罪〉と〈罰〉ではない。
 彼には自分が殺人犯であるのかどうかさえはっきりとしないのだから。
 寧ろ彼が恐れるのは、殺人という出来事の、何か人を欺くような不安な手応えのなさと、
 そして、人を殺してもなお消えずぶきみに立ち込めて彼を脅かしてくる不可解な〈殺意〉である。

 終わった筈の殺人がまだ始まってすらいないとでもいうかのように、
 おまえはまだ殺していないと薄気味悪く唆すように、
 〈殺意〉は繰り返し舞い戻り、殺人者に取り憑く。

 おまえはまだほんとうには〈死体〉を創造しておらず、
 その〈死体〉を手に入れることさえできていないのだ、と
 恐ろしい声で脅迫する妖怪のような〈殺意〉。

 殺人者は〈死体〉が、すっかり彼の自由になる人間の体が欲しいのに、
 それを決して手に入れることができないのだ。

 〈殺意〉は言う-殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。
 しかし、殺人者には分からない。
 誰を殺せばいいのかが。
 誰が死ねばいいのかが。
 誰を消せばいいのかが。
 それはいつも誰かに何かに教えてもらわねばならない。

 そして殺人者にはもっと分からない。
 誰が誰をそうまでして殺したいのかが。
 殺意の主体は誰であり、
 殺意の目的とする対象は誰であり、
 そしてまた誰がその殺意の真の媒介者となり遂行者となりえるのかが。

 一体このくらやみのなかでの指示の体系の全体が
 彼に明らかになるときがくるのだろうか。
 殺人者にとって、〈殺人事件〉を引き起こすそのシステムのメカニズムは
 決してあらわにはされないし、自明のものとなることはないのだ。

 殺人者はそれを知りたい。
 それを知ってこの暗闇を晴らしたい。
 そう思って、銃を買ったのかもしれない。
 銃弾だけがこの闇を晴らせると思ったのかもしれない。

 或いは彼がどうしても撃ち殺したかったのは、
 彼に忍び寄り呪縛してくる黒い影、
 〈殺意〉というその得体の知れぬ悪魔のささやきだったのかもしれない。

 〈殺意〉または〈悪意〉と言い換えてもよいのかもしれぬ
 そのぞっとするみにくいものの内部では、
 おそらく誰もその呪縛と憑依から自由ではありえないのだ。

 この呪縛と憑依を断ち切ろうとするとき、
 人は〈殺意〉を己れに引き受けつつ、
 引金に指をかけ、〈それ〉を引き寄せようとする。

 この〈それ〉とは、今のところ殺人者が標的として選び、狙いを定めた人物である。
 殺人者にとって、〈殺せ〉という不可思議な誘いの声は、
 まるでその狙われた人物のからだから発信しているように思われるのだ。

 〈殺意〉の曖昧な暗闇に、明るみが灯るのはそのときである。
 殺したい人間を見つけ出すことによって、
 殺人者(まだ殺人者にほんとうはなっていない殺人者、或いは殺人者にこれからなりつつあるところの人間)は、
 己れを捉えている〈殺意〉の呪縛と憑依、
 恐怖と不安の闇から束の間、逃れ出て、
 心の安らぎを得るのだ。

 〈ああ、俺はこいつを殺したかったのだな〉と納得する時、
 殺人者は彼を不安がらせ、落ち着きをなくさせていた〈殺意〉の妖怪を
 もう怖がらなくてもよくなるのだ。

 その妖怪には顔がない。

 しかし今、殺人者には〈殺したい奴〉の顔が見える。
 彼は彼の〈運命の相手〉を見つけたのだ。

   *  *  *

 この事態は〈恋愛〉の始まりにとてもよく似ている。
 〈性欲〉が〈恋愛〉に心のなかですりかわるとき、
 不穏なくらい胸騒ぎが、かぎりもなく麗しい胸の高鳴りへと昇華して、
 どこかほっとするのと似ている。

 ターゲットが発見されるとき、〈恋〉は始まる。
 〈恋〉は必ず誰かの顔をもっているものだ。

 そして目指す〈恋人〉はまだ自分のものになってはいない。
 それどころか、こちらがその相手に恋愛感情を抱いていることにまだ気づいてはいない。
 いやそれどころか、こちらの存在にすら気づいていないかもしれない。
 〈恋〉は必ず片思いから始まる。
 殺人者の標的に対する物騒な恋愛も全くこれと同じである。
 そして、物騒でない恋愛も殺人者の場合と同じく、
 狙った相手のハートを射止めたいと思うものだ。

 〈恋する人〉はそのためにラヴレターを送って、
 あなたのハートをわたしに下さいと恥を忍んでお願いをする。

 しかし、より過激で純粋な情熱家であるのかもしれない殺人者は、
 そのより狂おしい恋愛を成就するために、
 言葉というようなまどろっこしい手段を使わず、
 ナイフや弾丸を使って直接相手の心臓を奪って思いを遂げようとするのだ。

 殺人と恋愛が紙一重のものであることをわたしたちは心のどこかで知っている。
 エロスとタナトスは、
 理性的な人間がそれを無理やり分け隔てて
 相対立する原理であると考えたがっているようには
 截然と切り離れてはくれないものだ。

 それどころか両者はいつも表裏一体で
 どうかするとすぐ一方が他方へと入れ替わる性質のものである。

 殺人は一種の恋愛であり、恋愛は一種の殺人なのだ。
 その思いを遂げようとする純粋で狂おしい思いのなかで、
 両者はしばしば不可思議な融合を遂げる。

 余りに狂おしく人を殺したいと思うことはその人を恋してしまっているのと同じである。
 そして余りにも狂おしく人を恋してしまっているとき、
 その人の恋する人に向けられる目付きや顔付きは、
 標的を執念深く付け狙う殺人者のそれを思わせる。

  * * *

 殺人と恋愛の中間に強姦というものがある。
 強姦という最も蔑むべき醜い行為のなかに、
 殺人と恋愛の奇妙な同一性を説き明かす鍵がある。

 己れの一方的な思いを遂げるために、強姦魔は、相手を〈犯す〉。
 犯されるのは、他者の肉体だけではない。

 人格が犯される。自由意志が犯される。
 そして他者の他者性が犯される。

 強姦魔はそのときに興奮と激情が進行して
 相手を殺害してしまうこともありえる。

 とりわけ相手が強姦魔の犯す行為に激しく抵抗し
 彼を死に物狂いで拒絶する場合には、
 犯すだけでは済まず、犯しながら相手の首を
 力任せに絞めて殺すところまでゆく。

 しかしもし、考えにくいことではあるが、
 相手が強姦魔の犯す行為に抵抗しないばかりか
 逆に彼を求め彼を情熱的に抱擁して、
 自分自身の官能の悦楽に引き込み始めたとしたらどうなるのか。

 侵犯行為がその侵犯しつつある他者によって
 受容され歓待されてしまうとき、強姦魔は強姦魔であることができなくなる。

 もしその強姦魔が強姦行為だけが目当てのサディストであるならば
 これ程ひどい計算違いはないだろう。
 相手を暴力と恐怖によって抑圧し
 苦痛と屈辱を与えることによってしか
 快楽を得ることのできない人間であるならば、
 相手の思いがけぬ快楽に出くわすことは凄まじい興ざめである。
 忽ちやる気をなくす。
 或いは逆に益々逆上して、
 その相手から沸き起こりつつある快楽と戦い、
 更にそれを殺そうとして暴力をエスカレートさせ、
 ついにはやはり殺すところまでいく場合もありうることは否めない。

 しかし、強姦魔が必ずしも強姦魔としてのアイデンティティに
 こだわりをもたぬ人物であるならば、
 それは願ってもない僥倖であり、
 夢にまで見た願望の成就であるに違いない。
 彼は自分と相手の快楽の融合を求め始め、
 その暴力は弱まって消えてゆく。

 侵犯行為はその途上で中和されて
 単なる性愛へと変奏されてしまう。
 恋愛といわれる程立派なものではないかもしれないが、
 思いは不可思議な平和のなかで穏やかに遂げられる。

 暴力の中和と消滅のなかから姿を現すのは他者の他者性である。
 それは犯すことを挫折させて愛撫へと変容させてしまう。
 そしてこの愛撫のなかでもはや強姦魔でなくなった男は、
 もはや欲望の単なる対象ではない生ける他者と出会う。

 彼は他者を〈愛〉として、愛し-愛される柔らかい相互関係として発見する。
 それは〈夢〉を越えた次元に見いだされる。
 たといそれがその場限りのものであったとしても、
 〈愛〉の実感がもたらす幸福は、
 強姦魔だった男に憑依していた劣情の不幸な呪縛を
 非常にやさしい仕方で解きほぐし、
 彼を正気の人間に戻す不思議な力を発揮したのだ。

 〈犯す〉ことの彼方にあって、〈犯す〉ことを挫折させるものは〈愛〉である。

 〈愛〉のもとで人は真に他者を知る。
 愛するとは他者を知るということである。

 他者の他者性が自分を受容し優美に抱擁するものであると知るとき、
 その他者の他者性から逆に自分自身が愛するべき柔らかいものとして生み出されてくる。

 〈わたし〉は他者から生まれ出るのだ。
 ほんとうの意味で〈わたし〉が存在し始めるのはそのときからである。

 存在、実体、肉体、生命、自己、
 これらの抽象的な亡霊のような言葉が生き生きとした意味を帯びて実感され、
 もはや空しく素通りされることのないつかみどころある受肉された言葉となるのは
 他者の抱擁によって、そして接吻によって、愛によって、
 〈わたし〉が息を吹き込まれた人間となって生まれ出ることによってである。

 他者から愛されたことのない人間は永遠に真の世界を知ることができない。
 知っているつもりでも何もほんとうには知っていない。
 その人間の魂は虚しく、その知恵は空虚で、その思考は無意味、話すことは嘘だけなのだ。
 愛を知らぬ人は人間であるようでいてまだ人間ではない。
 見せかけだけの幻も同然の存在である。

 いや、存在すらしていない惨めな虚妄なのだ。
 その虚妄な人間モドキにとって〈愛〉ですらもが他愛のない虚ろな嘘言でしかありえない。

 彼らは非常に〈愛〉という言葉、
 そしてまた〈他者〉という言葉が好きで、
 その言葉に非常に敏感に反応する。

 いずれ同じ虚無の穴のムジナに過ぎないのだが、
 そんなものありやしないじゃないかと吐き捨てるように言って
 己れの知的誠実さである無知の表明をすることで
 知的優越性を示そうとする高級な〈白痴〉たちの一方には、
 ブタのように愚鈍な知ったかぶりの下劣な〈悪霊〉どもが蔓延して
 蒙昧きわまりない歌やタワゴトで
 〈愛〉でないものを〈愛〉だといい、
 〈他者〉でないものを〈他者〉だと言い触らして、
 真実の〈愛〉や〈他者〉を現実的に破壊して不可能なものにしている。

 大衆もインテリも唾棄すべき似非人間である。

 彼らは真の世界を人間に体験不可能な
 遠いおとぎ話の絵空事や偽りだらけのみにくい物語に変えるために、
 互いに卑屈に憎しみ合いながらも共謀して、
 忙しくそれぞれの破壊行為に精を出している。

 自分たちが何をやっているのかも分からない程彼らは愚かなのだ。

 このような下らぬ自称〈人間〉どもを見ていると、
 殺人者の陥る気分というのは非常によく分かる。

 〈殺意〉を感じない者の方が余程どうかしているといえる。
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コメント

この記事へのコメント

以前大好きな管理人さんのホームでこちらの文章の引用かなと思う日記を読みました。

赤ちゃんにもなる!殺人者にもなる!って書いてあった…

「私はあなたを愛している私はあなたを殺したい…」といったタイトルで…

馬鹿か?ィ

阿呆?ィ
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